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最近の子ども達の「なりたい職業」は、意外なことに「会社員」が一番多いそうです。

会社員になっても、生活が安定するとは限りませんが、たしかに若い世代では、仕事よりも家族との時間や趣味を優先したい、という人が増えているように思います。

そんな子ども達から、「仕事をするのは何のため?」と聞かれたら、私たちは何と答えられるでしょうか。

生活のためだけではなく、「人生を懸けてやりたい仕事」が見つかれば理想的ですが、なかなか、すべてが上手くいくことは少ないようです。

今回も、哲学者・伊藤健太郎先生にお話をお聞きしました。

新時代の働き方について、考察を続けましょう。

ライスワークとライクワーク

ご飯を食べるため、生活費を稼ぐためにする仕事を、俗に「ライスワーク」(ricework)といいます。
働かないと生きていけないから、嫌々するのではなく、好きでやっている仕事が「ライクワーク」(like work)です。

自分のやりたいこと、趣味や特技で食べていけたら、それだけで幸せになれるのでしょうか。

作家の村上春樹氏は、本を書いても楽にはなれなかったし、救いもなかったと言い切っています。

僕は僕自身が楽になるためにこのようなスケッチを書き、世間に対して公表しているわけではない。
(中略)
少なくとも今のところこのような文章を書くことによって僕の精神が解放されたという徴候はまったく見えない。
(中略)
人は書かずにいられないから書くのだ。書くこと自体には効用もないし、それに付随する救いもない。*1

どんなに好きで得意なことでも、仕事にしたら苦しくなるといわれます。
「いい仕事をしているな」と、羨望の眼で見られている人でも、外からは分からない憂苦を抱えているのでしょう。

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ライフワークはどこに?

───村上春樹さんは、世界的にも有名な作家ですが、それでも、仕事の悩みから逃れられなかったのですね。では、「ライフワーク」とは、どんな仕事でしょうか?

単に「好きだから」というレベルを超えて、「自分はこれをするために生まれてきた」と思える仕事が、「ライフワーク」(life work)です。

人生懸けて打ち込める職業に就きたいと夢みる人は、少なくないでしょう。

ですが、そんな仕事は簡単には見つかりません。私たちには、矛盾した欲望があるからです。

就職活動をしている若者の希望を聞くと、「ありのままでいたい」という思いと、「何者かでありたい」という目標があることに気づきます。

この二つは、誰もが多かれ少なかれ持っている心でしょう。ところが両者は、相いれない欲求なのです。

「ありのまま」「自分らしく」というと聞こえはよいですが、要するに無理をやめて、ストレスをためず楽に生きたいという、一種の睡眠欲でしょう。

一方、何か自分にしかできないことを成し遂げて、「何者かでありたい」と願うのなら、寝る間も惜しんで努力しなければなりません。

誰もが、他人から評価されたいという承認欲求、名誉欲を持ち、抜きんでようと必死です。そんな中で輝くのは至難の業でしょう。

───確かにそうですね。自分のやりたいことと、社会の求めることとの間にはギャップがあります。それに、ギャップを埋めるのは、簡単ではありませんし……。

今日の分業が進んだ社会では、一人の従業員がいなくなっても、代理はすぐ見つかります。
よほどの能力を身につけない限り、「これは自分にしかできない仕事だ」と満足することはできないでしょう。

自分の力を発揮して、充実した毎日を送っていても、やがてロボットや人工知能に取って代わられる時代が来るかもしれません。

病気や事故、家族の介護のために、仕事ができなくなることも、計算に入れなければならないでしょう。

印象派の巨匠・画家のルノワールは、晩年にひどいリウマチにかかり、指が変形してしまいました。
それでも、筆をにぎったまま両手を包帯でグルグル巻きにして、執念で絵を描き続けています。

手足がきかなくなった今になって、大作を描きたいと思うようになった。ヴェロネーゼや、彼の『カナの婚礼』のことばかり夢みている! なんて惨めなんだ!*2

「人生を懸けてする仕事」という意味の「ライフワーク」は、理想の仕事に見えますが、自分や家族の健康という、もろい基盤の上に成り立っているのです。

*1『回転木馬のデッド・ヒート』村上春樹(著)

*2『ルノワール』A・ディステル(著)高階秀爾(監修)柴田都志子・田辺希久子(訳)

(『月刊なぜ生きる』令和5年6月号「私たちは、なぜ生きるのか」より)

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伊藤健太郎先生、ありがとうございました。

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最新の9月号では、子どものころ、誰もが一度は考えたことのある「勉強するのは何のため?」というテーマについて、解説されています。

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