「生き物を食べるなんてかわいそう」と言われたら?【こども歎異抄②】

「生き物を食べるなんてかわいそう」と言われたら?【こども歎異抄②】の画像1何でも好き嫌いなく食べる子もいれば、「あれもイヤ」「これもダメ…」と、苦手の多い子もいると思います。
でも、もし「生き物を殺して食べるなんて、かわいそう…」と言い出したら?

子どもが感じる素朴なギモンについて、700年前の古典『歎異抄』を通じて、少し深めに掘り下げるマンガ連載、『こども歎異抄(たんにしょう)』。
第2回目は、誰もが一度は考えたことがある、「食べる=動物の命を頂くこと」について触れてみたいと思います。

(1万年堂ライフ編集部)

トンカツはおいしい。…でも、逆の立場なら?

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好きな食べ物は? と聞かれたら、何と答えるでしょう。

焼肉にお寿司、トンカツ、唐揚げ、ハンバーグ……。
私たちは日々、牛や豚、鶏、魚といった生き物の肉を食べて生きています。

スーパーに肉や魚が並んでいると、できるだけ安く、おいしいものを買おうと、売り場の前で品定めに熱が入ることも。
ところが動物の立場になって考えてみると、生きていくために必要とはいえ、おそろしいことをしているのだと気づかされます。

人間を食べる「鬼」や「巨人」は、こわいけれど……

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    もし自分が食べられる立場だったら、どう思うかな?

最近は、鬼や巨人といった力の強い生き物が人間を襲うマンガが、大人にも子どもにも大人気です。

一緒に過ごしている家族が、突然、何者かにおそわれ、食べられてしまう……。
自分もいつ殺されるか、食べ物として捕まえられるか分からない。
こんなことがもし、現実に起きたら本当にこわいですよね。

今は、人間が食物連鎖の頂点に立っているので安心していますが、それも、いつどうなるかは分かりません。

毎日、スーパーに肉が並び、私たちが料理を口にしているということは、直接手は下さなくても、それだけ多くの生命をうばっていることになります。
肉や魚を一切口にしないと決め、実行している人もいますが、それでも生き物を殺すことからは、完全には離れられません。
野菜や穀物を育てるには、多くの虫や生き物が犠牲になっています。

動物の目線で見てみると、ニコニコと食事を楽しんでいる人間こそが、おそろしい「鬼」のような姿で映っているのかもしれません。

浦島太郎に隠された、本当の教訓って?

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    「生き物の命を大切に」と教えることは大事!
    でも、その一方で……。

浦島太郎(うらしまたろう)は、誰もが知る日本のおとぎ話です。

ある日、漁師の浦島太郎が浜へ行くと、一匹の亀が子どもたちにいじめられています。
「生き物は大切にしないといけないよ」と教えても、いっこうにやめようとしません。そこで彼は亀を買い取り、沖の方へと放してやりました。

数日後、舟を浮かべて漁をしているところへ助けた亀があらわれて、乙姫様のいる龍宮城へと連れて行かれます。そこで海の珍味でもてなされ、思わぬ楽しみを味わったという話です。

この話から、「皆さんも、浦島太郎のように生き物を可愛がる、心の優しい人になりなさい」と教わったと思います。

ところが、この物語にはひとつ矛盾があります。それは、浦島太郎の肩にかつがれていた、一本の魚釣竿です。
漁師だった彼は、この釣竿で多くの魚の生命をうばってきました。これからも、たくさんの生命をうばっていくでしょう。

話の中では、亀も魚も同じ命として扱われていますから、もし「生き物の命を大切に」という話なら、まずは、その竿を折ることを説く必要があります。

一方で、何千何万の生命をうばいながら、たまたま一つの生命を助けたからといって、いかにも善人のように教えているのだとしたら、それはどこか「おかしな話」にならないでしょうか。

「仕方がない」=「悪くない」ではない

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    食欲がおそろしいのは、それによって悪をつくるからだよ。

浦島太郎の魚釣竿には、彼の生活がかかっていました。
それを折れば、生きてはいけません。

たとえ一つの生命を助けることはできても、幾万の生命をうばわずしては生きていけない。
これは浦島太郎だけのことではありません。実は、私たちすべての人間の姿を表した物語といえるでしょう。

『歎異抄』では、「おいしいものが食べたい、飲みたい」という心を、「欲(食欲)」といって、『煩悩』の一つに数えられます。
欲の心がないと生きていけない一方で、欲によって悪いことをしてしまうところに、『煩悩』のおそろしい本質があります。

私たちは、何かを食べなければ生きてはいけません。
動物の命を奪って生きていることを知ったとき、ショックを受けるお子さんもいると思います。
どう答えていいか分からず、「食べなきゃ生きていけないんだから、そんなこと考えないようにしなさい!」と、大人はつい触れないようにしてしまいがちです。

でも、そういったことを考える子どもたちの感性は、人として生きていくうえで、とても大切だと思います。

お子さんに寄り添って気持ちを聞き、親自身、子どもの頃に封印してしまった様々な疑問を、同じ目線に立って、語り合ってみてはいかがでしょうか。
きっと、そこには新しい気づきがあるにちがいありません。

マンガ『こども歎異抄』とは

子どものころ、ひそかに感じていた、素朴な疑問。
家族や学校の先生に聞いてみても、「まぁそんなものだよ」「考えてもどうしようもない」とごまかされて、モヤモヤした経験はありませんか?

大人になるにつれ、知りたかった気持ちにはフタをして、目の前のことに追われる毎日。

「心とは?」「人間とは?」「生きるってどういうこと?」
今さら人に聞けなくなってしまった人生のギモンを、700年前の古典『歎異抄(たんにしょう)』を通じて、少し深めに掘り下げるマンガ連載が、『こども歎異抄』です。

今、古典が新しい! “生き方が変わる”と話題の2冊

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●心の中がざわめいて、落ち着こうと思う時に、この書を開きます。(22歳・女性)

●時間をかけて言葉を選びながらこの感想を書いていると、子どもに聞かれました。「その本はおもしろいの?」
面白いと感じる方には面白いのでしょう。でも私には「面白い」ではなく、難解な、なぞなぞを頭をつかって解いているような感覚でした。(43歳・女性・主婦)

●内容がすごく分かりやすく書いてあることに感銘しました。子や孫に、友人にも人生の中で、「生きることの指針」として伝えることができると感じました。(69歳・女性・主婦)

(『歎異抄をひらく』『歎異抄ってなんだろう』の読者アンケートより)

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