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仲直りの秘訣って?子どもも大人も、ケンカの原因は「相手が○○」という心

「ケンカするほど仲がいい」とはいっても、ぶつかってばかりだと、無駄なエネルギーを消耗してしまいます。最悪の場合、ケンカ別れということも……。ケンカしないですむ方法、早く仲直りできる方法を真理子さん、智美さんと一緒に学びましょう。

登場人物

真理子
2人の子どもを持つ、会社勤めの主婦。快活な性格。お気に入りのカフェで行われている「仏教塾いろは」の存在を知ったばかり。

 

智美
真理子さんのママ友達で、在宅でデザインの仕事をしている主婦。子どものきょうだいゲンカで悩み、実は先週には夫とも……。
塾長
仏教塾いろはの塾長。アメリカの大学で仏教の講義をしていた。店長とは旧知の仲。

カフェにて。難しい顔をしている、智美に真理子が近づく。

  1. 真理子

    智美さん、どうしたの? なにか悩んでる?

  2. 智美

    あ、真理子さん。それがね、昨日お兄ちゃんと妹がケンカして、「私は悪くない、コイツが悪い」って言って、大変なんです……。今もお互い仲直りにできずにケンカ中。しばらくしたら、元に戻るとは思うんだけど、気が重いわ。

  1. 真理子

    そうだったの。よくあることだけど、大変よね。

  2. 智美

    くだらないことでケンカして、ほんと大変で。なだめるこっちの身にもなってほしいわ……。

  1. 真理子

    ケンカといえば、智美さんも先週、子育てのことでご主人とケンカしたって言ってたけれど……。

  2. 智美

    そうでした……。実は、今もケンカ中で、若干気まずくて。私は私なりに一生懸命やってるんだから、主人が謝るまではこちらから謝るのもシャクにさわっちゃって。でも自分がこんなだと、子どもたちのことを責める資格ないですね……。

  1. 真理子

    そういえば、ケンカしたときのことで、このあいだ塾長さんがこんな話をしていたわ。

ケンカは「自分は正しい」の思いの衝突

  1. 塾長

    ケンカについて、仏教の観点からお話ししますね。

夫婦や家族、友達とケンカをしたときに、あなたは先に謝っているでしょうか。

それとも相手が非を認めて謝りに来るまで、絶対に謝らないでしょうか。

そもそもケンカをするのは「私は正しい。悪いのはあなただ」という思いが底にありますね。だから相手が間違いに気づくまで謝る必要がない、と思うのでしょう。

しかし相手は相手で、「自分こそ正しい。相手が間違っている」と思っています。「あなたが悪い。先に謝りなさいよ」と言われて、素直に非を認める人はいません(それで解決するなら、はじめからケンカになりませんね)。

そんなことを言われたら先に謝るどころか、「あなたのその態度がますます気に入らない!」と逆上するでしょう。これでは一向に仲直りできませんし、ケンカが長引くほど、わだかまりが残ります。

そんなときは、自分から先に謝ることが大切なのです

「私は正しい」は本当に正しい?先に謝る人が幸せな人

「そんな! 私は悪くないのに、どうして謝らないといけないの!」と思われるかもしれません。

しかしそもそも、「私が正しい」という思いは本当に正しいのでしょうか

たとえば、家事の至らなさをご主人から注意されたとします。そんなときは、「仕事もしている中で一生懸命やっているのに、家事も育児もロクにやっていないアンタは何様よ!」という思いがこみ上げてきますよね。

もちろん仕事も家事も精一杯されていて素晴らしいと思います。と同時に、「確かに仕事の忙しさを言い訳にして、あまりにも家事がザツになっていた」と、自分の悪いところにも気がつきます。

そしてご主人の様子をよく見てみると、多忙で毎晩遅くに帰ってきて、疲れて家事も育児もやる時間がなさそうです。すると、ご主人への不満が少しずつ感謝に変わっていき、謝ろうという気持ちになるかもしれません。

そうやって自分から非を認めて謝る人が、立派で素晴らしい人なのです。

こんな話があります。

独りしか渡れない丸太橋
意見が衝突したら、独りしか渡れない丸太橋を思い出すことだ。

左右から同時に渡れば二人とも動けなくなることは明らかである。

先に譲った人が相手より幸せな人だ

譲られた人は、感謝して通ればまた幸せになれる

当然の如く通る人は、最も不幸な人である

高森顕徹著(2000).『光に向かって心地よい果実』より引用

「自分こそ正しい」という思いが衝突したときに、先に丸太橋の道をゆずる(謝る)人が相手より幸せな人なのですね

先に謝る人は“利他心”の強い人

「でも先に謝ったら、負けたみたいで悔しい!」とも思われるかもしれません。

ところが先に謝る人というのは、精神的に弱い人ではないのです。

このような話もあります。

花を持つ 人から避ける 山路かな

一人しか通れない狭い山道で二人が鉢合わせになりました。一人は何も持っていませんでしたが、もう一人は両手いっぱいのきれいな花を抱えています。

こんな時、「お先にどうぞ」と道を譲ることができるのは、両手いっぱいの花を抱えている人です。

もし「俺が先だ」「いや、俺のほうが先だ」とぶつかり合ったら、大事な花が散ってしまうからです。だから、大事な花を守るために、笑顔で「お先にどうぞ」と道を譲ることができるのです。

意見が衝突した時、争いになった時、意地の張り合いをやめて譲ることができるのは、守らなければならない大切な花がある人です

岡本一志著(2012).『幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く』より引用

花束は利他の心を表しています。利他というのは「他者の幸せを思う」心や言動のことです。

「自分が先に道を通りたい」と我を優先すれば花束は散り、台無しになってしまいます。相手との関係が破壊された瞬間ですね。

反対に花束を守ろうとすれば、自分がミジメな思いをするかもしれません。

しかしあなたはミジメな存在でも、精神的に弱い存在でもなく、花束を守り抜いた利他の心の強い人なのです。利他心の強い人は必ず周りの人から立派な人だと認められ、信頼されることになるでしょう。

逆に我を優先すれば、相手との関係が崩壊し、周りの人から嫌われ、孤独になってしまいかねません。

ケンカしそうになったら、「私は正しい」の思いをグッと抑え、このまま自分の思いを通したらどうなるのか、先を見ましょう。そして自分の言動を反省して、先に謝っていきたいですね。

    1. 智美

      「自分は正しい」としか思えてなかったけど、それが怒りの元だったんですね。私にも悪いところがあった気がします……。

    2. 真理子

      先に謝れる智美さんは素晴らしいわ! 応援してるわね。

まとめ

  • ケンカは「私は正しい。あなたが悪い」という思いの衝突から起こります。相手に非を認めさせようしても事態はますます悪化してしまうのです。そもそも「自分が正しい」という思いは実は思い上がりかもしれません。冷静になって自分の言動を振り返ってみましょう。
  • もし自分にも非があることに気づいたら、先に謝る人が幸せといわれます。「プライドが邪魔をして素直に謝れない」と思われるかもしれませんが、先に謝る人は精神的に弱い人ではなく、利他心の強い人なのです。
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幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く

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岡本一志(著) 太田知子(イラスト)