多くのいじめ体験に共通することがあります。
まず、いじめは、いじめている人にとっては遊びかもしれませんが、いじめられた本人にとっては、ものすごくつらい、場合によっては自殺さえ考える、とてもつらいものであること。その苦しみは、いじめられなくなって何年もたっても、癒えない場合もあること。
その一方で、いじめは、親にも、先生にも、とても言いづらいものであること。親に言えない理由の第一は、親を傷つけたくない、心配かけたくない、という気持ちです。こんなつらい目に遭ってもなお、親のことを気遣う、彼らの優しさに胸が痛みます。
また、言えない理由として、自分がいじめられているなんて恥ずかしいから、みじめだから、というのもあります。
決して恥ずかしいことではなく、むしろ、いじめるほうが恥ずべき行動をしているのに、いじめられている人は、いじめられている自分が恥ずかしい、と思うのです。自分が弱いからだ、言い返せないからだ、自分の性格が悪いからだ、暗いからだ、と自分を責めています。
ですから、いじめられている人に、いきなり、
「いじめられるおまえも悪いんだ」
「おまえも性格を直さないといけない」
「おまえも言い返さないから悪い」
とは、絶対に言ってはならないことです。そういう人は、暴力というものが(体の暴力でも言葉の暴力でも)、どれだけ、相手の抵抗する力さえ奪うものかを知らないのです。
いじめられている人は、そんなにつらい中でも、必死で耐えて生きている、本当にりっぱな人です。決して弱くなんかありません。
さらに、大人に言うと、よけいひどくなる、と思って、というのもあります。確かに、いじめを言っても、まともに取り合ってもらえなかった、とか、逆に責められた、とか、チクッた(告げ口をした)と言って、よけいいじめられた、ということも聞きます。
しかしその一方で、大人に言って解決した、とか、よくなった、ということもよくあります。大人に言って必ずしもひどくなるわけではない、むしろよくなる場合も多いことも知ってほしいと思います。
最後に、いじめは、大人に言うなどして、解決できればいちばんですが、それが難しい場合もあります。その場合は、学校へ行かない、あるいは転校することも一つの選択肢であることを知ってほしいと思います。
よく大人は、「そんな簡単なことで学校を休むな」と言いますが、「そんな簡単なこと」では、すでになくなっているから、学校に行けなくなるのです。ところが、学校へ行きづらくなっても、子どもはいじめられていることをなかなか言えません。場合によっては、何年もたって、ようやく言えた、という子もあります。
いじめに遭う人は、普通のまじめな、優しい子どもたちです。そういう子どもたちは、学校へ行かねばならないことは十分わかっています。それでも学校へ行けなくなるということは、どれだけのつらさか、ということを分かってほしいのです。