書評なぜ生きる

マスコミで紹介された記事の一部を紹介します

日付掲載紙
H13/7/2 山口新聞【 生きる喜びを分かりやすく解説 】
H13/5/16 毎日新聞【 自殺者急増、いま生命の尊厳が問われる 】
H13/7/1 山梨日日新聞【 親鸞の言葉を通して生命の尊厳に迫る 】
H13/5/23 全私学新聞【 親鸞が説く人生の目的 】
H13/5/21 日刊工業新聞【 人類永遠のテーマ・人生の目的を明らかに 】
H13/9/5 上毛新聞【 自殺者が急増し、生命の尊厳が問われる今 】
H14/1/21 読売新聞【 医学の中にはない答え探す 】
H13/11/13 全私学新聞【 自己評価が低い今の子 】
H13/10 ダ・ヴィンチ【 「人生の目的」の有無 】
 

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山口新聞(H13年7月2日)

『なぜ生きる』
明橋大二・伊藤健太郎著

 自殺の増加や凶悪犯罪の低年齢化、相次ぐ暴力、虐待事件──。
 人類の闇はますます深まっている。筆者は単に「強く生きよ」と励ます本に警鐘を鳴らし、この迷闇を破るには生きる意味をはっきりさせ、「人生の目的」「生命の尊厳」を鮮明にする必要があると説く。どんな行動にも目的があるように、人生にも目的がある。生きる満足感がなければ、ゴールを知らずに走っているランナーと変わらない。文学者、思想家の人生論を掘り下げながら、生きる喜びを分かりやすく解説する。

 

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毎日新聞(H13年5月16日)
企画特集 ブックウオッチング
自殺者急増、臓器移植、延命治療、キレる子を対象に文学者、思想家の人生論を掘り下げる

なぜ生きる
高森顕徹監修
明橋大二・伊藤健太郎著

 自殺者急増、親殺し、子殺しの多発、いま生命の尊厳が問われる。戦争から虐待まで問題の根底にある「生きる意味」が明らかにならねば解決しない。第1部では臓器移植、延命治療、キレる子を対象に文学者、思想家の人生論を掘り下げる。第2部では親鸞の『教行信証』『歎異鈔』を読み込んで、人は「なぜ生きるのか」の解答に迫る。

 

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山梨日日新聞(H13年7月1日)
新刊紹介

▼なぜ生きる
 高森顕徹監修 明橋大二・伊藤健太郎著

「人は何のために生きるのか」と問われれば、だれもが返答に窮するだろう。同じように「なぜ人を殺してはいけないのか」「なぜ自殺してはいけないのか」といった問いへの答えもやみの中である。
 高森さんは「殺人や自殺、暴力、虐待などは、このやみへのいらだちが生み出す悲劇」とみて、親鸞の言葉を通して人生の目的、生命の尊厳に迫る。
 精神科医と哲学者の2人が執筆。第1部は臓器移植、延命治療、自殺などの問題に焦点を当て、文学者や思想家の人生論を掘り下げる。第2部は「教行信証」「歎異鈔」の親鸞の言葉から「なぜ生きるのか」を明らかにした。

 

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全私学新聞(H13年5月23日)
親鸞が説く人生の目的読書──教育現場におすすめします

なぜ生きる
高森 顕徹監修
明橋 大二 伊藤 健太郎著

親鸞が説く人生の目的

 精神科医・明橋大二、哲学者・伊藤健太郎の両氏が殺人や自殺が絶えない暗い世相をとらえ、親鸞の教えに照らして光明を探る。そして、最大の原因は多くの人々が「人生の目的」が見いだせずに生きていることであると指摘する。人生哲学を持ち、あるいは他人にその大切さを教えていくことの重要性を説く。
「家庭の問題だ、教育の欠陥だ、少年法が悪い、病んでいる社会……解説は十人十色です。しかし『苦しくとも、生きなければならぬ理由は何か』、肝心の『人生の目的』が抜け落ちた議論がつづくだけでは、対策も立てようがないでしょう」(第一部2章「人命は地球より重い」より)。
 親鸞の教えを言い表す言葉では「悪人正機」などが知られるが、現代人の虚栄心や、正義を貫けず簡単に妥協してしまう弱さを改めて知らしめるために、多くの言葉を現代語訳して引用している。そして、本書の後段では、人生の目的は人それぞれに何かを信じることであるという結論も記した。「亀を助けた浦島太郎は、肩に魚釣竿をかついでいた」「ウソくらべ 死にたがる婆 とめる嫁」……。各章で端的に示される業の数々に、我が身を振り返って考えさせられる。

 

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日刊工業新聞(H13年5月21日)
人類永遠のテーマ新刊

『なぜ生きる』
高森顕徹監修
明橋大二/
伊藤健太郎著

「人生に目的はあるのか、ないのか」「生きる意味は何なのか」……。人類永遠のテーマと言われる。この深い闇(やみ)の中にあって、明答を出し、その達成を勧めたのが親鸞聖人。
 聖人のすべてをあらわした「平生業成」の4文字。「平生」とは「現在」のこと。人生の目的を「業」の文字であらわし、完成の「成」と合わせて「業成」と言われ「人生の目的が現在に完成する」という意味。本書は、親鸞学徒が聖人の言葉を通じ「人生の目的は、あるのかないのか」に迫り、人生の目的を明らかにした。

 

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上毛新聞(H13年9月5日)
臓器移植や延命治療、キレル子供たちなどが直面する問題を中心に、文学者、思想家の人生論を掘り下げた
読書
著者の声

▼「なぜ生きる」(明橋大二、伊藤健太郎)

 自殺者が急増し、生命の尊厳が問われる今、「なぜ生きるか」について具体例を挙げて分かりやすく書いた。第一部では、臓器移植や延命治療、キレル子供たちなどが直面する問題を中心に、文学者、思想家の人生論を掘り下げた。第二部では、親鸞の思想を通して、古今東西変わらない人生の目的を明らかにした。著者は「生きる意味は何か。その深い闇(やみ)へのいらだちが戦争や自殺、虐待などの悲劇を生む」と話している。

 

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読売新聞(H14年1月21日)
わたしと仕事

精神科医でベストセラー『なぜ生きる』の著者
明橋 大二 さん

医学の中にはない答え探す
生命の尊さ、医療の意味とは……
「摂取不捨の幸福」こそ目的

生命の尊さ、医療の意味とは「摂取不捨の幸福」こそ目的

 約10年前に治療を担当した患者さんが、先日、ひょっこり病院を訪ねてきました。当時、高校生だった彼女も、今は3児の母となり、幸せに暮らしているように見えました。入院中は、大量服薬、飛び降りなど、自殺未遂を繰り返し、そのつど、医師、看護婦が必死になって救命した、忘れられない患者さんです。
「どう、生きていてよかったでしょ」。そう声をかけようとした私に、彼女は語り始めました。
 結婚してからの嫁姑の葛藤、夫の失業、子供の身体障害、自らの新たな難病の発病。私のもとを離れてからの10年間、幸せだと思えたことはほとんどなかった、まさしく苦労の連続だったと。そして最後に彼女は言いました。
「先生には感謝してる。でも、半分は恨んでる。どうして、あの時、死なせてくれなかったのかと」
 科学が進歩しても、決して人類は幸福にはなれない、20世紀は、このことを証明した時代だといわれます。医学の進歩、延命だけは、常に、良いことに違いないと信じて、私は医者になりました。しかし、今は、その延命さえも、人間を幸せにするのかどうか、分からなくなってきています。
 精神医療もそうです。精神医療の目的を一言でいうと、自殺を防ぐことです。日本の自殺者は、3年連続3万人を超え、中高年の自殺の激増、自殺の低年齢化は、社会問題になっています。
 何とか手を尽くして、自殺を防ぎ、また社会復帰してもらう。そして、何年か、何十年かして、あの時、自殺をしなくてよかった、生きててよかった、と喜んでもらう。簡単にいえば、それを目標として、精神科医は日夜、働いていると思います。
 しかし、先の患者さんのような言葉に出合うと、医療の意味は、根本から崩壊してしまいます。
 ここで、私は、問わずにおれなくなりました。
 何のために延命するのか。人はなぜ生きるのか。自殺してはならぬのか。残念ながら、答えは、医学の中にはありません。
 その解答は、『なぜ生きる』に引用した、親鸞聖人の言葉に示されています。親鸞聖人は、「摂取不捨の幸福」こそ、万人の求めるものであり、人生の目的だ、と言われています。摂取不捨の幸福とは、絶対に見捨てられない幸福、ということです。
 医療従事者をはじめ、多くの人々が、この本をきっかけに、「なぜ生命は尊いのか」を、考えていただく機会になれば幸いです。


 明橋さんの本『なぜ生きる』(高森顕徹さん監修、伊藤健太郎さんとの共著)は、1万年堂出版から発売されている。
 第一部は、直面する問題点を中心に、文学者や思想家の人生論を掘り下げ、第二部は、親鸞聖人の言葉をあげて、古今東西変わらぬ人生の目的を明らかにしている。
「人命は地球より重い。なぜそういわれる?」「生きる意味を知って働け。さすれば、苦労も悲しみも報われる」「歎異鈔と人生の目的」など。

 

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全私学新聞(H13年11月13日)
自己評価が低い今の子命の大切さを伝える教育を
著者インタビュー

『なぜ生きる』1万年堂出版
著者 明橋 大二氏

自己評価が低い今の子
命の大切さを伝える教育を

「ママ パパへ
 わたしは いきていてもいみのない人げんです。わたしがいきていても みんながこまるだけです。
 ママパパ長いあいだおせわになりました。なにもいわず わたしをしなせてください。わたしはじごくでみんなのことをみまもっています」
 高森顕徹監修、明橋大二/伊藤健太郎著『なぜ生きる』は、こんな衝撃的な出だしで始まる。わずか小学2年の少女の遺書だという。
 著者の1人、明橋医師は、富山県内で精神科医として診療のかたわら、スクールカウンセラー、児童相談所嘱託医として、現代の子どもたちの心の問題に深くかかわっている。
 明橋医師は「今の子どもたちは、自己評価が極端に低い子が多い。つまり、自分が大切な存在だと思えない、自分に存在価値があると思えない、そういう子が増えています」と話す。
 自分が大切だと思えないから、自らを傷つけ、自殺に向かう。自分の命に価値があると思えないから、他人の命も簡単に奪う。逆に自分に価値がないから、必死でいい子になろうとして、疲れ果てる。キレる、非行、少年犯罪、あるいは、引きこもり、家庭内暴力、拒食症、援助交際、ほとんどすべての問題の根は、ここにあるのではないか。
 しかし、それは、世の中全体の風潮でもある。
「あるテレビ番組で、高校生がボソッと漏らしたことがありました。『どうして人を殺したらいけないんですか?』。このひと言に、出演者たちは、シーンと静まり返り、そのまま、パタッと番組が終了してしまったのです。出演していた評論家や識者のだれ一人、『人命は、なぜ尊いのか』答えることができませんでした」
「最近、はやりの『人生本』にしてもそうです。ほとんどが、人生に意味はない、人生に目的はない、と言っています。しかし、そういう主張が、私たちの心をいつしか蝕み、今日の自殺や、犯罪など社会問題の元になっているのではないでしょうか」
『なぜ生きる』は、そんな世相に対して、「人生の目的は、ある」ということを鮮明に打ち出している。その根拠として、多く引用されているのが、親鸞聖人の言葉である。
「『真仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す』という言葉があります。生きる目的と、目標との違いを知らないから、『人間に生まれてよかった』という生命の歓喜がない、ということです。人生の目的はある。それは、この本に引用した親鸞聖人の言葉に、明示されています」
 では人生の目的とは何か。
「生きる目的は、金でもなければ財でもない。名誉でもなければ地位でもない。人生苦悩の根元を断ち切られ、"よくぞ人間に生まれたものぞ"と生命の歓喜を得て、未来永遠の幸福に生きること」
 そして、この本では、苦悩の根元とは何か、それが断ち切られるとは、どういうことかを、明らかにし、最後に、こう結んでいる。
「真の人生の目的を知ったとき、一切の悩みも苦しみも意味を持ち、それに向かって生きるとき、すべての努力は報われるということだ」
 明橋医師は訴える。
「今の子どもたちに何を伝えるか。勉強も大切だが、何よりも、苦しくともなぜ生きるのか、命の大切さを伝える教育であってほしいと思います」

 

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ダ・ヴィンチ(H13年10月)

『なぜ生きる』の著者・明橋大二氏に訊く

「人生の目的」の有無

『なぜ生きる』の著者・明橋大二氏に訊く「人生の目的」の有無

精神科医として、自分の存在価値を否定する人々に日々対峙する明橋氏。
その心の闇を晴らすものは「生きる目的を知ることしかない」と氏は語る。
さて、その"目的"を解くカギとはいったいどこにあるのだろう。

人生、"目的"がなければ
生きる意味は
なくなってしまう

 毎日のようにニュースから流れる残忍な事件、増加する自殺……。そして、それに呼応するかのように最近数多く出版されている"人生本"。けれどその多くが「人生に目的はない」と謳っている。
「こんなことでいいのか、という反論をするために、この本を執筆したんです」と、明橋先生は静かに語った。人生、目的がなければ生きる意味もない。自殺を止める理由もなくなるし、命の尊さを語っても言葉だけになってしまう、と。「いや、現実に生きる意味がわからなくなっているから、自殺者はどんどん増えるし、簡単に人を殺す事件が多発しているのだと考えます」
 人生の目的。読者のアンケート調査でも約半数の人が"ある"と答えた。その結果を先生はこう指摘する。
「やはり、そうか、と思いました。しかも"ある"と答えた人の理由は"なきゃ生きていられないから"というものがほとんど。きわめて真っ当な意見だと受け取りました」
 だが"目的は何?"との問いに対しての答えは実に混沌としている。それは『なぜ生きる』中の"世の中ただ「生きよ、生きよ」「がんばって生きよ」の合唱で、「苦しくとも生きねばならぬ理由は何か」誰も考えず、知ろうともせず、問題にされることもありません"という一文に象徴されているかのように。いったいなぜなのだろうか?「やっぱりみんな忙しいですから(笑)。人生の目的は"ない"と答えた方たちの理由にもありますけれど、"生きていくのに精一杯で、そんなこと考える暇もない"と。でも忙しいという言葉は、心を亡くす、と書くんですよね」

"幸福論"の破綻が
示唆するものとは?

 しかし「人生の目的」とはあまりにも壮大なテーマ。それを見つけるためのテキストとして、本書の中では親鸞聖人の言葉が数多く引用されている。その中から先生は"真・仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す"という言葉を挙げてくれた。
「"真"というのは"人生の目的"であり、"仮"とは生き甲斐や趣味、目標などの"生きる手段"のことです。人生の目的と、手段との違いを知らないから、生きていてよかったという生命の歓喜が得られないという意味なんです」
 精神科医である先生のもとへは、心を病んだ10代の子どもたちが毎日のように通ってくるという。"悩みは何なの?"と尋ねると、返ってくるのは"生きる目的がわからない""このまま生きていても意味があるとは思えない"という答え。それに対し、未だに多くの大人たちは"一生懸命努力して立派な社会人になって、豊かな生活を送るという目的があるじゃない"と言うそうだ。
「それは"目標"であって"目的"ではない。ある意味、生きる目的がわからないための"ごまかし"なんです。ところが、そういうごまかしが今の人には通用しなくなってきている。一流会社でバリバリ働いているお父さんが、家でグッタリと疲れていて少しも幸せそうじゃない。そのうえ、会社の勝手な都合によってリストラされてしまうことだってあるわけです。いくらがんばってもこうなってしまうのかと感づいている。これは世の中全体の傾向でもあります。今、皆が"幸福論"の破綻を感じているのではないでしょうか」
 だからこそ今、人生の目的を自分に問い掛けてみるべきだ、と先生は言う。
「人類には共通の"生きる目的"がちゃんとある。本書に引用した親鸞聖人の言葉がそれを明示しています。ただ、読まれた方全員が1回読んだだけで、それを汲み取るのは難しいかもしれません。その人の人生経験、読まれたときの心情によって、読み方も変わってくると思います。人生の節目節目で、繰り返し読んでいただければと思っています」

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