奈良新聞
(H20年5月4日)
読書 BOOKS
歎異抄をひらく
高森顕徹著

斬新な編集で
理解の助けに
「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という『歎異抄』の一節に出合ったのは、高校3年生の日本史の資料集のテキストであった。本当にその意味を理解していたのかどうかはともかく、受験勉強の無味乾燥な日々のなかで、妙に心に迫ってくる何かがあったのを覚えている。
『歎異抄』は、浄土真宗の開祖・親鸞(1173─1263年)の教えを弟子の唯円(1222─89年)が編集したものと伝えられている。親鸞没後の浄土真宗教団内に異説が流布するようになったことを嘆いて書かれたと「後序」に明記されている。『歎異抄』は、浄土真宗の核心である阿弥陀仏への念仏を唱え、日本思想史上に特異な位置を占める書である。
 本書は『歎異抄』の解説書である。同じような書籍はほかにも数多くあるが、平易な文章による解説と、写本の写真版のほかに桜の花の写真を配したグラフィックな編集はこれまで例がなく、斬新な書籍といえよう。
『歎異抄』の神髄は、「善人よりも悪人が往生できる」という逆説である。悪人正機説を明確にした有名な一節だが、これこそが「他力」といわれるただひたすらな阿弥陀仏への念仏を説く信仰の集中的表現なのである。これは究極的に「この世のことはすべて、そらごとであり、たわごとであり、まことは一つもない」という仏教の本質論に行き着く。
 他力本願にせよ「善人」「悪人」の定義にせよ、13世紀の戦乱と疫病、飢饉(ききん)に明け暮れた時代背景と鎌倉仏教の思想体系を抜きにしては語れない。だが、時代を超えて私たちに訴えるものがあるのは、人間が生きるということの本質は、21世紀の現代になっても変わってはいないことを明らかにしている。
 浄土真宗は、現代仏教界のなかでも特異な位置を占める教団である。それだけに「取り扱い注意」の書ではあるが、『歎異抄』は一宗派の教理を超えて、日本の思想史や文学に大きな影響を与えた。私たちの理解を助けるうえで、格好の入門書といえるだろう。
(裕)

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