体験談編の主な内容

疲れたでしょう。もう寝なさいや

(高知県 76歳・女性)

 母が入院して一週間目、家には、寝たきりの父がいました。
 病院と家の両方で看病し、夜は病院に泊まっていましたので、ほとんど寝る時間がなく、私は疲れ切っていました。父の世話をすませて病院に帰り、母の体を拭きながら私は眠ってしまったのです。それを知った母は、
「疲れたでしょう。もう寝なさいや。ふとんを敷いてあげるから」
と言ったと同時に、脳梗塞の発作を起こし、心肺停止となりました。それほどの体なのに、私を案じてくれた言葉は、生涯忘れることができません。

「ありのままの自分」で、少しだけいられるようになった

(徳島県 17歳・女子)

 中三の時、自分は学校に行けない時がありました。その時は、本当に死にたくて、死にたくて、生きていることが嫌でしかたがありませんでした。自分が大嫌いでした。自分はどうしたらいいのか、わからなくて、毎日が嫌でした。「学校に行っていない」ということで、まわりのことがとても気になりました。しだいに無口になりました。泣くことが多くなりました。
 ある日、母が「ありのままのおまえでいい。無理しなくていい」と言ってくれました。その言葉が、すごくうれしかったのです。
 自分は、できそこないの、失敗作だと思っていました。だけど、母に認めてもらえた気がして、うれしかったのです。
 その時から、「ありのままの自分」で、少しだけいられるようになりました。ありがとう、母さん。母さんも、無理しないでほしい。

そんなに、そんなに、心配しなくてもいいのに……

(兵庫県 56歳・女性)

 田舎で一人暮らしの母より、古びた数枚のお札を添えた便りがきました。
「母ちゃんに何かあったら、路ぎん(交通費)がなかったら、
泣きたくなろうて……」と。
 わずかばかりの年金の中から、五十歳をとうにすぎている私に、交通費のことまで心配してくれる母……。
 故郷に帰る交通費ぐらい、何も不自由してないのに、そんなに、そんなに、心配しなくてもいいのに。
 母の愛情に胸が一杯になりました。
 今もこの路ぎん、大切にもっています。
 ありがとう、お母さん……。

父はプレゼントしたセーターを二ヵ月以上も着て過ごしてくれた

(山口県 55歳・女性)

 ある時、父にセーターをプレゼントしたことがあります。母から「毛玉ができるまで、毎日着ている」と聞き、「セーターが傷むので、脱いだら?」と何気なく言ったのですが、父は微笑みながら何も言わず、とうとう二ヵ月以上も同じセーターを着て過ごしました。
 その時は、年を取っても相変わらず頑固だなあと思っていたのですが、九十歳で亡くなって一年、二年と時がたつにつれ、ハッと気づいたのです。私は父にセーターという物を贈っただけだったのに、無口な父は、嬉しい思いを微笑に包んで私の心を一緒に着て過ごしてくれていたのです。
 それが宇宙のように大きくて限りない父の愛だとようやくわかった時には、孝行できなくなっていました。

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