過剰なまでの「健康ブーム」です。どんな食生活が病気にならないか、遺伝子組み換え食品は安全か、環境ホルモンの汚染は大丈夫か、テレビでも雑誌でもさかんに取り上げられています。
風邪だと言われても驚きませんが、「ガンだ」「エイズだ」となると大騒ぎです。それらは死に至るからでしょう。
ティリッヒ(ドイツの哲学者)は『生きる勇気』で、人間は一瞬たりとも、死そのものの「はだかの不安」には耐えられないと言いました。死と真っ正面に向きあうのは、あまりにも恐ろしいので、病気や環境問題と対決しているのでしょう。核戦争が怖い、地震が恐ろしい、不況が心配……というのも、その根底に「死」があるからではないでしょうか。
私たちは、「死神の掌中で弄ばれる道化」ともいわれます。どれだけ逃れようともがいても、死に向かってひた走っているのです。しかもその壁の向こうはどうなっているのか、まるで知りません。
未来がハッキリしないほどの、不安なことがあるでしょうか。先の見えない闇の中を走っているから、何を手に入れても、心から明るくなれないのでしょう。「この苦しみは、どこからくるのか」――
人生を苦に染める真因がわからなければ、真の安心も満足も得られません。苦しみの元を断ち切って、「人間に生まれて良かった!」という生命の歓喜を得ることこそが、人生究極の目的なのです。
死をありのまま見つめることは、いたずらに暗く沈むことではなく、生の瞬間を、日輪よりも明るくする第一歩といえましょう。