哲学2000年を右手に、現代科学は左手に、生きる意味と本当の私を探します。
生きるとは?
私とは?
何のために働くの?
なぜ私がいるのか?
本当の幸せはどこに?
自分らしく生きるとは?
永遠の問いに、21世紀の学問「科学哲学」で迫ります。
キーワードは愛、性、結婚。
「本当の自分を知りたい」
「本当の自分になりたい」
という「自分探し」は、かつては若者に特有の現象でしたが、中年層にも広がり、そのブームは衰えていません。
書店には、自分を知るための心理学や占いの本、就職マニュアルがあふれています。自分を見つめ直すために、インドに行ったり、ヨーロッパ一週をしたり、中には毎日テロが続く危険な地に行って、痛ましい最期を遂げた人もあります。
フリーターは増え続け、150万とも300万ともいわれますが、彼らもよく「自分が本当にやりたいことを見つけたい」と口にします。これも一種の自分探しでしょう。
なぜ、人は「自分探し」をするのでしょうか。
「今の自分は、本当の自分ではない」と感じるからです。
「こんな生活のまま一生を終えて、良いのだろうか。もっと、やるべきことがあるのでは」
「好きなことをやっているのに、何かが足りない。心から満足できることをしたい。だけど見えない」
そんな、ぼんやりした不満を持っている人が、「どこかに、本当に私が求めているものがあるはずだ。真の人生があるはずだ」と思って、自分探しを始めるのです。
自分探しをする人は、むなしさとも、寂しさとも、退屈とも形容しがたい、奥底の暗がりに気づいた人です。
「本当の自分」を探すとは、「これをすれば本当に満足できる」という、「本当の幸せ」を探すことなのです。
なぜ「自分探し」に出口が見つからないのか。一体、何を探そうとしているのか、肝心なことが不明瞭だからです。目的地が分からぬまま歩いても、永久にゴールはありません。「自分探し」とは何を探すことなのか、「自分探し」という言葉の「意味」を探すべきでしょう。
問う前に「問い」を問え。これが20世紀最大の哲学者、ウィトゲンシュタインが教えてくれたことです。
「そんなことをゴチャゴチャ考えるより、汗水垂らして働け」と言う人もあるかも知れませんが、「自分探し」は決して若者の甘えた悩みではありません。
ウィトゲンシュタインは、「人生に問題を感じない人は、なにか大切なこと、いや、もっとも大切なことが、見えないのではないか」と言っています。
私の人生に、どんな問題が隠れているのでしょうか。