平成18年10月、北海道滝川市のいじめ自殺の報道が出て以来、各地で、いじめ自殺が相次ぎました。新聞で報道されただけでも、8人の尊い命が、いじめによって失われました。
その後、自殺予告の手紙が、文部科学大臣に送られたり、小学校で自殺予告のメモが発見され、学校、保護者は、厳戒態勢になったりと、いろいろなところに、飛び火しました。
自殺予告の手紙などが続くと、子どもがおもしろがって、調子に乗って、と、否定的に見る人も少なくないようですが、私はそうは思いません。それほど、いっぱいいっぱいで、死の一歩手前で生きている子どもが多い、そういう子どもが、たまたま自分の気持ちの表現手段を得ただけではないかと思います。
文部科学大臣は、そういう手紙が次々届くことに驚いて、緊急声明を出しましたが、いじめの被害は、今に始まったことではありません。文科省の統計では、近年、どんどん減っていたことになっていますが、実態は全然そんなことはない、1980年代、90年代と何ら変わらない状況が続いていたのです。
いじめに限らず、診察室や、スクールカウンセラーで、子どもたちの話を聞いていると、今の日本の10代の子たちが生きている現実と、われわれ大人が信じ込んでいることとの、あまりのギャップに驚くことが少なくありません。
その誤解の上に、さらに、「今の子どもは自己中心的だ」「忍耐力がない」「ひ弱だ」という否定的な言葉が繰り返されているのが現状ではないでしょうか。
しかし、よくよく子どもたちの話を聞いてみると、何の理由もなしに、そうなっているのではない、というのがわかります。
「荒れる」のは、それだけ、鬱屈した感情があるからですし、
「引きこもる」のは、そうでもしないとどんどん傷つく現実があるからです。
「ウソをつく」のは、本当のことを言ったら、よけいひどい目にあうからですし、
「やる気がない」のは、やる気で意見を言っても必ず否定されてきたからです。
そんな中、よく今まで生きてきたね、と声をかけたくなることも少なくありません。
そんな、誤解と否定の中で、追い詰められた子どものSOSが、心身症であったり、キレる言動であったりするわけで、その最後に行き着くところが、自殺なのだと思います。
そういう意味では、決して特別な子だけの問題ではない、どんな子どもにも起こりうることなのだと思います。
10代というのは、子どもじみているかと思えば、どきっとするくらい大人びている、素直かと思えば、ものすごく反抗する、そんな揺れ動く年ごろです。
そんな中で、子どもの心を見失わないために、いったい私たちに何ができるのか。
子どもが心身症や、非行に走らないために、ふだんから何ができるのか。
また、そうなってしまったら、どう対応したらよいのか。
そして、若くして、尊い命を絶つ人を、1人でも少なくするために、われわれ大人社会ができることは何なのか。
この時代に、10代という、困難な年ごろを生きていく子どもたちの、そしてそれを支える大人たちの、ささやかなヒントになれば幸いです。
平成19年2月
明橋 大二